大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和33年(オ)302号 判決

当事者

上告人 門脇松蔵

上告人 田口隆一

右両名代理人弁護士 内藤庸男

被上告人 西明寺村農業委員会

右代表者 佐藤直亮

被上告人 秋田県知事 小畑勇二郎

右被上告人ら補助参加人 真山寺

右代表者 工藤照恩

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人弁護士内藤庸男の上告理由第一点について。

しかし、所論原判決の公益上の理由ある場合には瑕疵ある行政処分を当該処分庁自らも亦取り消しうるものと解すべきである旨の判示には、本件のごとき買収および売渡処分が出訴期間内に行政上の不服申立をしないことにより確定するに至つた場合においても、また、所論県知事の再議に付するという処分を俟たないでも自発的に取り消しうること勿論である趣旨をも包含するものと解しうるから、所論の違法は認められない。また、所論取り消し得ないとの主張又は無効である旨の主張は、右のごとき理由で採用に価しないものであるから、仮りにその点につき判断遺脱があつたとしても、原判決に影響を及ぼさないこと明らかである。されば、所論は採るを得ない。

同第二点について。

しかし、原判決は、所論通知書は取消の通知ではなく、承認の通知すなわち行政処分でない行政庁相互間の対内的行為の通知に止るものであり、従つて、訴を以てその効力を争うことを許されず、これに対する訴も不適法として却下さるべきである旨をも判示したものと解される。されば、原判決には所論の違法は認められない。

同第三点について。

しかし、所論通知書の趣旨についての解釈は法律上の解釈であるから、当事者の主張に拘束されるものではない。されば、所論(1) は、採るを得ない。

次に、所論(2) 前段につき考えて見るに、原判決は、結局採草地の面積を約九町歩としているのであるから、所論前段の不法は認められない。

更に、同後段につき考えて見るに、被告県委員会指定代理人は、法規に根拠を有しない行政処分の存続は却つて社会の法秩序を破壊するものであり、自創法による買収、売渡処分は公共の福祉の優位を認めたものである等の主張をもしているのであるから、原審が所論のごとく認定しても所論のごとき訴訟手続の原則に違背するものとはいえない。

同第四点について。

しかし、原審の判示するところによれば、買収、売渡計画当時において本件土地三五町歩のうち約九町歩は採草地であつたが、その他の部分は林地と認むべき状況にあつたにかかわらず、その全部が採草地に当るとの誤認の下に買収処分がなされ、上告人らを含む十数名の者に分割して売渡されたというのである。右事情の下においては、売渡を受けた者の利益を犠牲に供してもなお処分の違法を是正する必要があり、しかも買受人相互の公平を期する上から、一旦売渡処分の全部を取り消す必要のあることは明らかであるから、本件買収売渡処分の全部の取消を適法とする原審の判断は是認さるべきものであり、所論は採用の限りでない。

同第五点について。

しかし、行政処分が異議、訴願、行政訴訟等の提起なく確定しても処分庁の取消権が失われると解すべきではない。行政処分を放置することによる公益上の不利益が、処分の取消により関係人に及ぼす不利益に比してはるかに重大であるような場合には、たとえ、その行政処分が争訟の提起期間の徒過等により確定しても、処分庁においてこれを取り消し得るものと解するを相当とする(昭和三一年三月二日第二小法廷判決、民事判例集一〇巻三号一四七頁以下参照)。それ故、所論は採ることができない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎 下飯坂潤夫 高木常七)

上告代理人内藤庸男の上告理由

第一点原判決は左の如く重要なる争点に対する判断を遺脱した違法がある。

1 上告人等は本訴において被上告人等の為した各行政行為の無効を主張する理由の一として「本件牧野買収手続において西明寺村農委の買収売渡計画に対しては前所有者真山寺から異議の申立、訴の提起等がなく本件買収処分は既に確定したものであるから、仮に違法な買収処分であつても当事者としては之が違法を主張することができなくなつたのであるからその衝に当つた行政庁と雖もこれが取消をすることはできない」と主張して来た(原判決及びその引用する第一審判決事実摘示中原告訴訟代理人主張の無効理由(3) 御参照)のものであるが、原判決はその理由において「これを採草地として買収するよりは山林として経営させることが公益上妥当な措置であると認められる。而して右の如き公益上の理由ある場合には瑕疵ある行政処分庁自らも亦取消しうるものと解すべきであるから此の点に関する控訴人の主張はこれを採用しえない。」と判示しているのみであるが、単にこれによつては形式的に確定した行政処分は取消し得ないとの主張に対する判断としては不備であり、結局此の争点に対する判断を遺脱したものと謂わざるを得ない。

2 上告人等は又同じく無効理由の一として「本件は被告村委員会が県知事の再議に付するという処分を俟たず自発的に買収売渡計画の取消を議決し、被告県委員会はこれに承認を与え、且つ買収処分の取消を表明したものであり、しかも買収処分の完結後に為されたものであるから、被告等委員会の処置は当然無効のものといわなければならない」と主張している(第一審判決原告訴訟代理人主張無効理由(4) 御参照)ものであるが、此の点に関し原判決は何等の判断をしていないもので之は明かに争点に対する判断を遣脱したものである。

第二点原判決には左の様な請求に対する判断を遺脱したか又は理由の不備がある。

上告人等の被上告人秋田県農業委員会承継人に対する請求は1昭和二六年一月二六日付をもつて牧野買収処分の取消を承認する旨の議決及び2昭和二六年一月三一日付をもつて真山寺に対して為した昭和二三年一二月二日附前記原野に対する買収処分を取消した旨の意思表示、の各無効の確認である。然して原判決はその主文において原判決中被控訴人秋田県農業委員会に関する部分を取消し、且同委員会に対する訴を却下している。然してその却下の理由とするところは、市町村農地委員会のなした買収計画、売渡計画の取消決議に対する都道府県農地委員会の承認行為は行政庁相互間の対内的行為であつて、いわゆる行政庁の処分でないから訴をもつてその効力を争うことが許されないもので、訴は不適法として却下さるべきであり、本案の審理をなした上控訴人の請求を棄却した原判決は此の点において失当で取消を免がれない、としたものである。然しながら上告人等の被上告人秋田農業委員会に対する請求は前記の様に牧野買収処分の取消に対する承認の議決の無効を求めているものの外に、昭和二六年一月三一日附をもつて真山寺に対して為した昭和二三年一二月二日附前記原野に対する買収処分取消の意思表示の無効の確認を求めているものであつて、牧野買収計画の取消に対する承認行為についての却下の理由をもつてしては買収処分取消の無効の請求迄も却下する理由とはならないものであるから、原判決は右後者の請求に付全く何等理由を示すことなくして之を却下したものであつて請求に対する判断を遺脱したか乃至は理由不備の違法があるものである。尤も原判決はその前段(一)被控訴人西明寺村農業委員会に対する請求について、とある部において「按ずるに控訴人主張の通知書には措置妥当を欠く点なしとはしないが要するに買収処分取消を同委員会において承認したことの通知に止まるもので、該通知書によつて買収及び売渡処分を取消する趣旨ではない」としているので、右通知も承認行為と同様行政処分に非ざるものとして無効確認の訴の適格性を欠くものと一括判断したつもりかもしれないが、そうであるとすれば之は明らかに原判決の誤まりである。本件通知書をもつて買収処分取消を同委員会が承認したことの通知書と解すべきものと仮定しても、之に対しては行政庁の対内的行為であつて対外的行為ではなく訴をもつてその効力を争うことを許されないとの理由は妥当しないからである。それであるから本件通知を買収処分取消承認の通知と認めたことは此の点に対する却下について判断遺脱理由不備の結論を左右するものではない。且又通知についての訴を却下すべきものと断じながら一方においては県農業委員会には買収処分を取消す権限がないから右通知はその趣旨ではなく買収処分取消を同委員会において承認したことの通知に止まるものと解すべき旨判断し、上告人の主張を採用できないとし本案の審理をしているのは、理由にそごあるものと謂わなければならない。

第三点原判決は当事者間に争のない事実を無視して事実を認定し、且当事者の主張に基づかずして事実を認定した違法がある。

1 上告人主張の秋田県農地委員会の通知書が買収処分取消の承認に止まり買収及び売渡処分取消の趣旨でないとの原審の判断は当事者の主張に副わない独断である。秋田県農地委が上告人主張の内容の通知書を真山寺に発したことは原審も認めるところであり、之が買収処分取消承認の趣旨と認め得ないことは該通知書の記載自体明白である計りでなく、文字通り買収処分そのものの取消の趣旨であることは同被上告人が第一審以来自らを買収売渡の処分庁なりとし、その取消の権限あることを主張している点からも明白である。従つて原審が之を前示の様に判定し、上告人の主張を排斥しているのは壇に当事者の主張しない事実を認定し上告人の不利益に判断したもので到底許さるべきでない。

2 即ち上告人(第一審原告)等は、第一審以来本件原野三五町歩は古くから原告等及訴外人二名の一三名で採草地として小作して来たと主張するに対し、被上告人西明寺村農業委員会及同秋田県農業委員会は何れも原告等がそのうち九町歩を採草地として使用収益して来た事実を認めているから、裁判所は此の点については当事者間に争のない事実として拘束されるものであるのに、原審は此の数字は実測していないから措信し得ないと為し、第一審証人佐藤暉一の証言を排斥し、鑑定人の鑑定に依り独自の認定をしているが之は自白によつて上告人等の利益に確定した事実を無視して独自の事実を認定した不法あるものであり、その結果は原判決の結論に影響するものであることは明である。

又原判決は本件土地は採草地として買収するよりは山林として経営させることが公益上妥当な措置であると認定しているが、此の事実も亦被上告人等の従来の主張に反するものである。被上告人等は何れも前記の様に本件土地の内九町歩が従来上告人等によつて採草地として使用されて来たことを認めて来たものであり、且被上告人県農業委員会は、九町歩以外の部分は林地であり、然も採草地として買収するのが相当であるとしても買収土地の表示を特定されないという重大なかしを発見したので、到底行政処分としての法律効果を維持せしめ得ず、又かかる行政処分は社会の法秩序を破かいする為に自ら取消権者として取消したと主張しているもので、原審の謂う様な採草地として買収するより山林として経営することが公益上妥当な措置なりと言う様なことは何等主張立証していない処であるから原審の認定は訴訟手続の原則に違背し、然もそれは判決の結論に影響を及ぼすこと明かであつて原判決は破毀せらるべきものである。

第四点原判決には左の如き理由の不備があり、破毀を免がれない。

上告人等は錯誤を理由として行政処分を取消すことは一般に認められないと解すべきであるから被上告人等委員会が牧野としての認定を誤つたとしても之を理由に既になされた買収計画を取消すことはできないと主張したのに対し、原判決は「錯誤によつて行政処分が行われた場合たると否とを問わず、凡そ違法な行政行為はこれを維持することによる利益、不利益とこれを取消すことによつて生ずる利益、不利益とを比較考量し後者が前者よりも一層大である場合はその取消を許すべきであるから此の点に関する主張も亦採用できない」と判断しているが原判決は単に右原則を抽象的に言明したに止り、本件においてその違法なりとする牧野の買収及び売渡計画を維持した場合と之を取消した場合と各これによつて生ずる利益、不利益の比較衡量につき、如何なる理由により何れが大であるかを具体的に判定したものではないから、これによつては到底本件買収計画の取消を相当とする理由を肯認するに由なく、原審の判断は其の理由に不備あるものと謂わなければならない。

第五点原判決は瑕疵ある行政行為の取消に関し、法律の解釈を誤まつた違法があり破毀を免がれない。

上告人は本件牧野の買収売渡計画に対しては真山寺において法定の期間内に異議の申立及び訴提起がなかつたから右買収売渡処分は確定したもので、仮に違法な買収計画による買収処分であつても当事者としてはこれが違法を主張することはできなくなつたものであるからその衝に当つた行政庁と雖もこれが取消を為すことはできないと主張しているものであるが、原判決は本件土地は「採草地として買収するより山林として経営させることが公益上妥当な措置と認められ」、「右の如き公益上の理由ある場合には瑕疵ある行政処分を当該処分庁自らも亦取消し得るものと解すべきである」と為し、更に進んで「凡そ違法な行政行為はこれを維持することによる利益、不利益とこれを取消すことによつて生ずる利益、不利益とを比較考量し後者が前者よりも一層大である場合はその取消を許すべきである」として上告人の主張を排斥している。上告人の主張に対する右の判断が争点に対する判断を遺脱したものでその理由に不備あることは先に陳べた通りである。行政処分の効力はそれに対し異議の申立、訴願、行政訴訟等処分の相手方に対し救済の途が拓かれている場合において右不服申立手続によつて争い得る間は適法な不服申立によつて之を覆し得る浮動性を有するものであるが、之に対し法律の定める期間内に不服の申立なくして終つた場合はもはや右行政処分は形式的確定力を有するに至り、該処分が当然無効であるか又はそれを宣言する意味で取消す場合の外は何人もその効力を争うことはできず、又処分行政庁自身も職権をもつて瑕疵を理由として取消すことは許されないものと謂うべきである。若しそうでなく行政庁が行政処分後においてそれが違法不当であるとして何時でも取消し得るものとするならば右行政処分によつて形成された既存の法律秩序を破壊し、法律生活の安定を害するに至り、一般行政法規における異議、訴願、行政訴訟等の手続や、行政訴訟特例法の抗告訴訟提起に関する各種要件は無意義となり、行政行為の形式的確定力が失われる結果となるからである。本件原野に付西明寺村農地委員において牧野買収計画を樹立し昭和二三年一二月二日附をもつて秋田県知事により買収処分が為されたものであるが、之に対しては当時その所有者真山寺からは何等異議、訴願、行政訴訟等の提起なく、右牧野買収計画及び買収処分は当時確定したものであるから、之を単に山林を牧野と誤認したとの理由により右買収計画及び買収処分を取消すが如きは、之によつて上告人等の取得した所有権を侵害する結果を招来し、法的安定を紊るのみならず、自創法が牧野解放によつて企図した耕作者たるの地位の安定、農業生産力の増進が喪われることとなり、右取消の効力を認めることは法律に違背するものと謂わなければならない。

以上の理由により原判決は破毀せらるべきものと思料する。

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